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響和堂Blog 『 湧玉 wakutama 』

神倉神社(2011.8.24)

次は熊野速玉大社にほど近い旧宮「神倉神社」へ。
道を間違えて入り込んだ道路が、道幅がどんどん狭くなって、ガードレールと車と
の距離が3〜5cmしかなくなってきた。これ以上狭くなったらどうしよう?!と
ひやひやしながらゆっくりと慎重に運転する。少しでも擦ったら大変だ。
100m以上あったような気がしてホトホト疲れたが、なんとかギリギリ通り抜ける
ことができた。あぁ、また非日常的な緊張感、冒険気分。(笑)
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ひと仕事終えたような気持ちで神倉神社の駐車場に着いた。
車を降りると、向かい側に駐めてあった車で帰ろうとしていた男性が、声を掛けて
きた。「パンフレットあげようか?」
「は??」
「これ、あげるよ。」といきなり熊野関連のガイドマップ付きの数枚のパンフレット
を手渡されて、その男性はその場を去った。一番上にあるのは「十津川村」の小冊子。
実は、この日泊まる宿をまだ決めておらず、熊野本宮大社の近くに泊まるか、明日の
スケジュールを考えて、奈良県・十津川村まで行くかどうしようかまだ決めていな
かったのだ。これは、今日、十津川村へ行けということだな。温泉にゆっくり浸かるの
もいいだろう。その場で、素泊まりできる温泉保養館に電話予約した。
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さぁ、神倉神社へと向かおうとしたら、駐車場の隣にはなんと「出雲大社」があった。
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そして、神倉山を登る。
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境内外縁は断崖絶壁になっており、山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配
の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。(538段で、ゴサンパイ?…笑)
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この石段、ゴツゴツした石が無造作に積まれているような作りなので、注意して登らな
いと危険だ。マジで、歳とってたら絶対無理だなぁ。下りるほうがもっと怖そうだ。
あぁー、しんどー。なんでまたこんな修行をしなきゃいけないんだ?などと、ハァハァ
息を上げながら登っていく。
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そして、ご神体「ゴトビキ岩」(「琴引岩」とも。ゴトビキとはヒキガエルをあらわす
新宮の方言)が祀られている所へたどり着いた。
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新宮市が見渡せる。
ひとりのお爺さんが、「ひとりで来たん?」と。
私「はい、東京から車で来ました。」
お爺さん「丁度今、一枚あるから、これをあげよう。」と写真をくださった。
満開の桜とゴトビキ岩のこの写真だ。
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お爺さん「この写真は、私が1985年に撮影したもんでね。右側にある桜の木、これは
今はもうないんやわ。台風で倒れてしもうてな。もう、こんな写真は撮られへんから、
あげるわ。」と。
更に、地元の新聞に掲載されたというお爺さんの神倉神社への想いを綴った文章の
コピーもくださった。
「・・・修行をして、おごり、高ぶりが心身に出ていないか、心すべきと思います。
 人生とは人生行と感じ、各人それぞれの使命を果たすこと。親切正直そして最も大切
 なことは、人に根性悪をしないことです。・・・」
新聞には、お爺さんのお名前と年齢が書かれていた。80歳だ。
毎日この石段を登っていらっしゃるという。素晴らしい。
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さて、やはり、下りる方が大変だったが、入り口に「ご自由にお使いください」と置い
てあった杖を借りていたので、随分助かった。しかし、お爺さんのスタスタと軽い足取
りをみると、情けない姿だ。
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心の緊張感と、身体の平衡感覚をとりながら一段一段下りていく。その非日常的な体感
を何度も味わう旅。
次は、那智の滝へ向かおう。

仲村 映美
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by kyowado | 2011-10-04 10:04 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(3)

熊野速玉大社(2011.8.24)

三重県から和歌山県に入ると新宮市。いよいよ熊野三山のひとつ「熊野速玉大社」へ。
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境内にはご神木である、推定樹齢1000年日本最大のナギの木がある。
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このナギの木の葉は縦に細い平行脈が多数あって、主脈がない。そのため、ナギの葉
は、横に割くことが枯れ葉であっても容易ではないそう。(天然記念物なので、ちぎっ
て実験することはできません。)葉の丈夫さから、ナギにはコゾウナカセ、チカラシ
バなどの別名があり、その丈夫さにあやかって男女の縁が切れないようにと女性が葉
を鏡の裏に入れる習俗があったそうだ。
その強さから魔除けとなり、帰りの道中を守護してくれるものと信じられて、参詣者
はみなお札とともに持ち帰っていたとのこと。
藤原定家は次の和歌を詠んでいる。
   千早振る 熊野の宮の なぎの葉を 実らぬ千代の ためしにぞ折る
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主祭神の速玉大神(はやたまのおおかみ)は、イザナミノミコトのこと。
もともとは、速玉大社から南へ1~2キロ行った千穂ヶ峰の東南端の神倉山に祀られ
ていたのが、のちに現在地に遷され、そのため神倉山の古宮に対し、ここを新宮と呼ぶ
ようになったそうだ。神倉神社にはこの後、行くことにする。
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摂社の新宮神社。
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恵比寿さまもいらっしゃった。
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木槌が置いてあった。トントン。祈りをこめて。

仲村 映美
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by kyowado | 2011-10-03 01:00 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(0)

神内神社(2011.8.24)

次は、これまたマニアック路線のようだが、三重県最西端の町、紀宝町にある
神内(こうのうち)神社。ここも写真家・鈴木理策さんのオススメリストにあった場所。
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社殿のない、磐座をご神体とする神社。ここも、かつての熊野の自然崇拝の有り様
を、現在に伝えている神社のひとつである。
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「当社の義は近石と申すところに逢初森(アイソメノモリ)というのがあり、そこ
にイザナギノミコト、イザナミノミコト天降らせ一女三男を生み給う、この神を
産土神社(ウブスナジンジャ)と崇め奉る、よってこの村の名を神皇地(コウノチ)
と称す。いつの頃よりか神内村(コウノウチムラ)と改むと言い伝う」
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別名「子安神社」。安産の神として参詣者が多いことから、社務所には、たくさん
の「よだれかけ」がかけられていた。書かれたメッセージに心和む。
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さて、今回、私の相棒として快適な走りをしてくれているフォルクスワーゲンの
限定車R32。カーブの多い道でも全くブレずに安定したコーナリングができるし、
サイズもさほど大きくないので、狭い道を走るのに好都合で、本当にいいドライ
ブができた。(それにしても、知人が5年間で9,000キロしか走っていないのに、
1週間で2,000キロ以上走ることになろうとは、この車自身もびっくりしただろ
うな・・・(^_^;))

仲村 映美
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by kyowado | 2011-10-02 10:02 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(2)

8月24日。熊野市の七里御浜沿いのホテルをチェックアウトして、道路脇に
すぐ現れたのは「獅子岩」。
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高さ約25メートル、周囲約210メートルの岩塊は、まるで獅子のよう。
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獅子岩の南に位置する神仙洞の人面岩とともに、熊野国総鎮守大馬神社の狛犬
に見立てられているそうだ。
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この岩からすぐの所に、前から行きたいと思っていた場所、「花乃窟」がある。
日本書紀には「日本最古」と書かれている。
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神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチ
ノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵だ。
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こじんまりとした参道。
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お母様、お墓参りにきました。
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この神社の例大祭は、神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれている
約170メートルの大綱を、岩窟上45メートルの高さの御神体から境内南隅の
松の御神木にわたすというもので、この「御綱掛け神事」は、太古の昔から
行われているそうだ。
「 神と人とをつなぎ 神の恵を授けてくださるお綱なり。」
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花を手にした少女たちが舞う様子に、イザナミもお喜びになっていらっしゃ
るのだろう。美しいお祭りだ。(掲示してあったポスター写真より)

仲村 映美
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by kyowado | 2011-10-01 01:10 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(2)

丹倉神社へ(2011.8.23)

8月23日、元伊勢・瀧原宮からスタートした旅。
参拝を終え、車で約2時間南下して熊野市へ。次なる目的地は丹倉(あかくら)
神社だ。
なんとまぁマニアックな神社めぐりだろうか。
実は昨年の1月頃だったか、木村伊兵衛賞も受賞された著名な写真家・鈴木理策さん
(和歌山県新宮市出身で熊野をテーマに撮り続けていらっしゃる)とお食事した時に、
「伊勢から熊野に向かう旅で、ここは訪れた方がいいっていうオススメの所を
教えてくださ〜い♪」(なんで♪がついているかというと、理策さんは私の好きな
天才・南方熊楠に顔が似ていて、とっても素敵な方なのだ)と訊ねて、教えてくだ
さった神社のひとつが、この丹倉神社だった。
「ここはねー、すごいよ、うん。」と聞いて、よし行こう!と思ったのだが、
ろくに調べもしないで旅に出たものだから、その後こんな大冒険をしてる感覚を
味わうとは思っても見なかった。

だいたい割となんでもきちんと調べて計画して出掛けるタイプなのに、今回の旅は
いつものそれと違って、何故か情報収集する気にもならず、何故か「なんで、今、
旅に出るんだろう?」と自分でもよくわからないまま、旅立つ宣言をしちゃったの
で、ま、なんとかなるさと出掛けてしまった。
理策さんと知り合うきっかけになった宗教人類学者の植島啓司センセイも、著書
『神々の眠る「熊野」を歩く』の中で、この丹倉神社のことを書いていらしたが、
よく読みもしないで出掛けてしまった。
ガイドブックや地図にも載っていないのだから、インターネットで調べてアクセス
を確認すればよかったのに見なかった。
車にナビがついてるしと油断していたら、ナビにも表示されない。
「丹倉(あかくら)神社」の表記はないが「赤倉」という地名があったので、とりあ
えず向かえば、途中で看板でも出てくるだろうと、車を走らせ、林道に入った。
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この林道。車1台分の幅である。右は側溝、左は崖。
このカーブが延々と続く。ちょっと待って、対向車が来たらどうすんのよ。
時々、擦れ違えるように道路の幅がふくらませてある所があるにはあったが、
どのくらいで神社にたどり着けるのか見当もつかない中で、狭いカーブ、またカーブ。
お願い!前から車、来ないで!来ないで!と祈りながら走る。
「落石注意」の看板がたくさん立っている。道路には石ころや折れた木の枝が散ら
ばっていて、ここでパンクしたらかなりヤバイぞ、と思った。
携帯電話の電波はもちろん圏外だ。
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20キロ近く走ったところで、「多分、もうすぐ神社のような気がする。近くに行って
駐車出来るスペースがないと、引き返すのも一苦労かも?!」と思い、丁度2台位
駐車できそうなスペースを見つけた所で車から降り、歩いて行くことにした。
「熊出没注意」の看板だ。道路には、タイヤに踏みつぶされて蛇の死骸が干からびていた。
マムシだったらどうしよう・・・。

少し歩くと、前から軽自動車が走ってきた。ゆっくりしたスピードだったので、思わず
「すみませーん!」と立ちはだかって車を止め、乗っていた老夫婦に話しかけた。
あまりに緊張状態が続いていたので、このお二人は“イザナミとイザナギに違いない!”
と瞬間的に思った。(笑)
私「丹倉神社って、近くにありますか?」
お爺さん「おぉ、この先2~300m位の所やなぁ。」
私「このちょっと下に車を駐めたんですけど、この先に駐めるところありますか?」
お爺さん「そやなぁ、あのへんは駐めるとこないし、戻るんも方向変えられへん
    から、このまま歩いて行ったほうがええなぁ。」
お婆さん「え?ひとりで行くのん?いやー、こわいわー。あそこ石段降りるんやけど
    暗いから、わたしらでも降りたことないわー。」
お爺さん「うん、マムシが出る言うとったなぁ。気いつけやー。」
私「あ、ありがとうございます・・・」

ここまで来て戻るわけにもいかん。でも、マムシに咬まれたら、携帯電話通じない
から誰も私のことに気がつかないまま、血清を打たれずに死んでいくんだな。
私が今日、丹倉神社に行くことなんか誰も知らないし、広島に到着しないことを不審
に思った母や姉が捜索願を出すのは3日後だな・・・。
そんなことを思いながら歩いていると、小さな鳥居と下りの石段があった。
丹倉神社だ。
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写真で見るより、実際はもっと暗かった。
マムシが出たら…とか、この石段を踏み外して骨折でもしたら…とネガティブな
ことばかり浮かんでくるのに、何故か身体は強力な磁場に吸い寄せられるように
ずんずんと石段を下りていった。
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神社とはいえ社殿はなく、ご神体は奥にある巨岩である。
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まさしく古来からの熊野の自然崇拝の姿であり、強い霊力をもった磐座にただならぬ
気配を感じた。かつてお参りの際には、村から神社までの道のりにある「潮掛場」と
呼ばれる水垢離の場で必ず身を清めたそうである。
やはりそこは「特別な聖地」であった。
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あれだけ、マムシだの骨折だの不安に思っていたのに、確かこの先に「大丹倉
(おおにぐら)」という修験道が行をしたという断崖絶壁があるはずだ。」と
もっと先に進んでみることにした。
どのくらいの距離があるのか調べてもいないのに、車で行ったほうがよかったの
かもしれないのに、とにかく歩いた。
40~50分歩いて、時計を見ると15時30分。車まで引き返して16時30分。このまま
歩き続きてかなり時間がかかった場合、夕方暗くなってあのカーブをまた20キロ
運転するのはよろしくない。ここは、大丹倉はあきらめて引き返した方が賢明だ。
ひとりでよく頑張った、もう、いいだろう。

納得して駐車していたところまで戻り、ホッとして車に乗り込んだ。さぁ、今日は
ここまで。今日の宿へ行こう。
再びカーブ、カーブ、カーブを、対向車が来ませんようにと祈りながら進んで
いくと、二股になっていたところで道を間違えた。
あれ?なんか違うぞ、と思って道幅の広くなっている場所でUターンしようと
したところ、あっ!大丹倉の撮影スポットがあった。
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この絶壁が大丹倉である。おいおい、私はここに行こうとしていたのか。
下から見るだけで十分だ。(笑)とりあえず、写真が撮れて一応の達成感も
得られたのであった。
岩肌が赤く見えるのは、岩に含まれる鉄分が風化によって酸化したためである。
「丹」という字は「赤い色」という意味があり、「倉」という字は断崖絶壁の
山を表す。ここからこの名が付いたといわれている。
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後で調べたら、大丹倉の標高488mの頂上の絶景ポイントまで、徒歩5分の
ところに駐車場があるのだそうだ。丹倉神社への道のりも前情報があれば
それほど怖いものではなかったかもしれない。
しかしながら、まったく予測がつかない状況で、身の危険すら感じ、ネガティ
ブな発想ばかりするような時間が2時間以上も続く体験をいうのを、これまで
したことがあっただろうか。
私は、あまり怖いものがないと思っていた。
神様に守られているから、何が起こっても大丈夫と思っていた。
それが、神社に行くのに、対向車がきたら…パンクしたら…熊が出たら…
マムシが出たら…骨折したら…と、ずっと悪いイメージばかりをしていた。
ものすごく怖かったわけではないし、それならこんな旅はしていないだろう
からやはり強いのだろう。しかし、こんなに緊張してネガティブになって
いる自分を、私は久しぶりに見つけた。

旅に出て初めて、今回の旅の意味がわかってきた。

仲村 映美

(※旅日記の更新がえらく遅れてしまいました。(^_^;))
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by kyowado | 2011-09-28 08:08 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(2)

東名高速道路から伊勢湾岸自動車道・東名阪自動車道・伊勢自動車道を経由
して紀勢自動車道・大宮大台ICへ。東京から瀧原宮まで約470キロ、5時間の
道のり。
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途中、いくつかのサービスエリアに寄るのも楽しく、徹夜明けにも関わらず
30分の仮眠だけで、お昼頃瀧原宮に到着した。
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2009年9月に初めて伊勢を訪れた時も、早朝、瀧原宮でのお参りがスタート
だった。ここは、第11代垂仁天皇の皇女 倭姫命(やまとひめのみこと)が、
天照大神(あまてらすおおみかみ)を伊勢にお祀りする前に立ち寄られ、宮
を建てられた地。元伊勢のひとつである。
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参道を歩く。空を見上げ、深呼吸する。
静かで、なんと心地よいことか。
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この宮の御手洗場(みたらし:手を洗い口をすすぐ所)は、谷川の清流を
そのままに、古と変わらぬ風景がある。
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宮は伊勢神宮に準じた神明造。中央のご本殿は丁度、屋根の葺き替え工事を
している所だったが、作業をする人影もなく、心静かにお参りし、旅の始ま
りに安全を祈願した。
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さて、これから国道42号線を南下し、熊野・和歌山へ。
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瀧原宮のある度会郡には「阿曽(あそ)」という地名があった。信号待ちし
ていて見つけ、シャッターを切る。
2007年の夏に、熊本空港からレンタカーを借りて、阿蘇・幣立神宮・高天原
・天磐戸にひとり旅したことを思い出しながら、熊野に向かった。
そう、2007年の阿蘇が、私の祈りの旅の最初だったのだ。

仲村映美
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by kyowado | 2011-09-11 09:11 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(0)

旅の話

8月21日(日)に福島から帰京し、翌22日(月)には、マリンバ・SINSKEクンの
Birthday Liveに出掛け、帰宅してから急ぎの仕事を片付け、荷造り。そのまま寝る
間もなく、23日(火)早朝から、ひとり旅に出ることにした。

昨年6月からこの夏まで、なんでこんなに繋がっていくのだろう?と不思議に思いな
がらも駆け抜け、感謝しきれないほど充実していた響和堂の活動。これも一段落し、
新しい次の展開を始めようとしているところで、今一度、自分の志をしっかりと立て
ようと思ったこと。

オフィシャルでもプライベートでも大きな転機を迎えて、不安や寂しさをどう消化し
ていったらいいかわからず、とりあえずどこかに旅に出掛けようと思ったこと。

2007年夏、初めて訪れた熊野にもう一度行き、熊野三山や前回行けなかったところ、
奈良の玉置神社まで足を延ばして廻ってみたかったこと。
熊野三山とは、和歌山県の田辺にある熊野本宮大社、新宮にある熊野速玉大社、そし
て那智勝浦の那智熊野大社。玉置神社は奈良県十津川村にあり、くしくも今回台風で
甚大な被害を受けることになる地を訪れることになるとは思いもよらなかったが・・・。
そして、熊野を撮り続けている著名なカメラマン・鈴木理策さんから話を聞いていた
丹倉(あかくら)神社や神倉神社、花の窟神社などの巨石をご神体として祀ってある
神社を巡ってみたいと思っていた。

この世界遺産「熊野古道伊勢路」を2泊3日で巡った後に、25日(木)18時までに
故郷・広島に到着し、版画家・君嶋龍輝氏のギャラリーを訪ねることにする。
先般私が書き上げた「いつくしま物語」を、朗読音楽劇として来年3月3日に初演する
にあたって挿絵を制作してくださることになった君嶋先生に、直接原稿を渡してご挨拶
をしておきたかった。
そして、その翌日には厳島神社にお参りして、「いつくしま物語」の成功祈願を。

28日(日)には広島から三重県津市に。「自分の家だと思って、いつでも帰って
きいや。」と言ってくれる大好きな津のお母さんに会いに行く。そう、二人で酔っ払っ
て、伝説の裸踊りをした家だ。
そして翌日、伊勢神宮の外宮・内宮・猿田彦神社にお参りして、東京に戻るという一週間
の旅程。

なにも、パワースポットめぐりがしたかったというわけではないが、震災後、神に祈ると
いう行為を集中して行いたいという気持ちもあった。亡くなられた方への鎮魂、そして
これから先も、日本各地で、世界各国で、至る所で発生するであろう大きな苦難に立ち
向かう勇気とご加護を頂けるように、私なりの巡礼をしようと思った。

高速料金やガソリン代を考えるとクルマの一人旅はかなり経費がかかるが、これだけ
あちこち廻るなら、クルマで行くしかない。往復2000km以上になるであろうが、
もともと長時間の運転も全く苦にならないクルマ好き。ましてや、知人が快く貸して
くれたフォルクスワーゲンの限定車「R32」での旅に、意気揚々とスタートする。

これから、写真とともに旅日記をアップしていこう。

仲村 映美
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by kyowado | 2011-09-10 09:10 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(0)