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響和堂Blog 『 湧玉 wakutama 』

丹倉神社へ(2011.8.23)

8月23日、元伊勢・瀧原宮からスタートした旅。
参拝を終え、車で約2時間南下して熊野市へ。次なる目的地は丹倉(あかくら)
神社だ。
なんとまぁマニアックな神社めぐりだろうか。
実は昨年の1月頃だったか、木村伊兵衛賞も受賞された著名な写真家・鈴木理策さん
(和歌山県新宮市出身で熊野をテーマに撮り続けていらっしゃる)とお食事した時に、
「伊勢から熊野に向かう旅で、ここは訪れた方がいいっていうオススメの所を
教えてくださ〜い♪」(なんで♪がついているかというと、理策さんは私の好きな
天才・南方熊楠に顔が似ていて、とっても素敵な方なのだ)と訊ねて、教えてくだ
さった神社のひとつが、この丹倉神社だった。
「ここはねー、すごいよ、うん。」と聞いて、よし行こう!と思ったのだが、
ろくに調べもしないで旅に出たものだから、その後こんな大冒険をしてる感覚を
味わうとは思っても見なかった。

だいたい割となんでもきちんと調べて計画して出掛けるタイプなのに、今回の旅は
いつものそれと違って、何故か情報収集する気にもならず、何故か「なんで、今、
旅に出るんだろう?」と自分でもよくわからないまま、旅立つ宣言をしちゃったの
で、ま、なんとかなるさと出掛けてしまった。
理策さんと知り合うきっかけになった宗教人類学者の植島啓司センセイも、著書
『神々の眠る「熊野」を歩く』の中で、この丹倉神社のことを書いていらしたが、
よく読みもしないで出掛けてしまった。
ガイドブックや地図にも載っていないのだから、インターネットで調べてアクセス
を確認すればよかったのに見なかった。
車にナビがついてるしと油断していたら、ナビにも表示されない。
「丹倉(あかくら)神社」の表記はないが「赤倉」という地名があったので、とりあ
えず向かえば、途中で看板でも出てくるだろうと、車を走らせ、林道に入った。
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この林道。車1台分の幅である。右は側溝、左は崖。
このカーブが延々と続く。ちょっと待って、対向車が来たらどうすんのよ。
時々、擦れ違えるように道路の幅がふくらませてある所があるにはあったが、
どのくらいで神社にたどり着けるのか見当もつかない中で、狭いカーブ、またカーブ。
お願い!前から車、来ないで!来ないで!と祈りながら走る。
「落石注意」の看板がたくさん立っている。道路には石ころや折れた木の枝が散ら
ばっていて、ここでパンクしたらかなりヤバイぞ、と思った。
携帯電話の電波はもちろん圏外だ。
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20キロ近く走ったところで、「多分、もうすぐ神社のような気がする。近くに行って
駐車出来るスペースがないと、引き返すのも一苦労かも?!」と思い、丁度2台位
駐車できそうなスペースを見つけた所で車から降り、歩いて行くことにした。
「熊出没注意」の看板だ。道路には、タイヤに踏みつぶされて蛇の死骸が干からびていた。
マムシだったらどうしよう・・・。

少し歩くと、前から軽自動車が走ってきた。ゆっくりしたスピードだったので、思わず
「すみませーん!」と立ちはだかって車を止め、乗っていた老夫婦に話しかけた。
あまりに緊張状態が続いていたので、このお二人は“イザナミとイザナギに違いない!”
と瞬間的に思った。(笑)
私「丹倉神社って、近くにありますか?」
お爺さん「おぉ、この先2~300m位の所やなぁ。」
私「このちょっと下に車を駐めたんですけど、この先に駐めるところありますか?」
お爺さん「そやなぁ、あのへんは駐めるとこないし、戻るんも方向変えられへん
    から、このまま歩いて行ったほうがええなぁ。」
お婆さん「え?ひとりで行くのん?いやー、こわいわー。あそこ石段降りるんやけど
    暗いから、わたしらでも降りたことないわー。」
お爺さん「うん、マムシが出る言うとったなぁ。気いつけやー。」
私「あ、ありがとうございます・・・」

ここまで来て戻るわけにもいかん。でも、マムシに咬まれたら、携帯電話通じない
から誰も私のことに気がつかないまま、血清を打たれずに死んでいくんだな。
私が今日、丹倉神社に行くことなんか誰も知らないし、広島に到着しないことを不審
に思った母や姉が捜索願を出すのは3日後だな・・・。
そんなことを思いながら歩いていると、小さな鳥居と下りの石段があった。
丹倉神社だ。
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写真で見るより、実際はもっと暗かった。
マムシが出たら…とか、この石段を踏み外して骨折でもしたら…とネガティブな
ことばかり浮かんでくるのに、何故か身体は強力な磁場に吸い寄せられるように
ずんずんと石段を下りていった。
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神社とはいえ社殿はなく、ご神体は奥にある巨岩である。
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まさしく古来からの熊野の自然崇拝の姿であり、強い霊力をもった磐座にただならぬ
気配を感じた。かつてお参りの際には、村から神社までの道のりにある「潮掛場」と
呼ばれる水垢離の場で必ず身を清めたそうである。
やはりそこは「特別な聖地」であった。
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あれだけ、マムシだの骨折だの不安に思っていたのに、確かこの先に「大丹倉
(おおにぐら)」という修験道が行をしたという断崖絶壁があるはずだ。」と
もっと先に進んでみることにした。
どのくらいの距離があるのか調べてもいないのに、車で行ったほうがよかったの
かもしれないのに、とにかく歩いた。
40~50分歩いて、時計を見ると15時30分。車まで引き返して16時30分。このまま
歩き続きてかなり時間がかかった場合、夕方暗くなってあのカーブをまた20キロ
運転するのはよろしくない。ここは、大丹倉はあきらめて引き返した方が賢明だ。
ひとりでよく頑張った、もう、いいだろう。

納得して駐車していたところまで戻り、ホッとして車に乗り込んだ。さぁ、今日は
ここまで。今日の宿へ行こう。
再びカーブ、カーブ、カーブを、対向車が来ませんようにと祈りながら進んで
いくと、二股になっていたところで道を間違えた。
あれ?なんか違うぞ、と思って道幅の広くなっている場所でUターンしようと
したところ、あっ!大丹倉の撮影スポットがあった。
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この絶壁が大丹倉である。おいおい、私はここに行こうとしていたのか。
下から見るだけで十分だ。(笑)とりあえず、写真が撮れて一応の達成感も
得られたのであった。
岩肌が赤く見えるのは、岩に含まれる鉄分が風化によって酸化したためである。
「丹」という字は「赤い色」という意味があり、「倉」という字は断崖絶壁の
山を表す。ここからこの名が付いたといわれている。
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後で調べたら、大丹倉の標高488mの頂上の絶景ポイントまで、徒歩5分の
ところに駐車場があるのだそうだ。丹倉神社への道のりも前情報があれば
それほど怖いものではなかったかもしれない。
しかしながら、まったく予測がつかない状況で、身の危険すら感じ、ネガティ
ブな発想ばかりするような時間が2時間以上も続く体験をいうのを、これまで
したことがあっただろうか。
私は、あまり怖いものがないと思っていた。
神様に守られているから、何が起こっても大丈夫と思っていた。
それが、神社に行くのに、対向車がきたら…パンクしたら…熊が出たら…
マムシが出たら…骨折したら…と、ずっと悪いイメージばかりをしていた。
ものすごく怖かったわけではないし、それならこんな旅はしていないだろう
からやはり強いのだろう。しかし、こんなに緊張してネガティブになって
いる自分を、私は久しぶりに見つけた。

旅に出て初めて、今回の旅の意味がわかってきた。

仲村 映美

(※旅日記の更新がえらく遅れてしまいました。(^_^;))
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by kyowado | 2011-09-28 08:08 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(2)

東名高速道路から伊勢湾岸自動車道・東名阪自動車道・伊勢自動車道を経由
して紀勢自動車道・大宮大台ICへ。東京から瀧原宮まで約470キロ、5時間の
道のり。
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途中、いくつかのサービスエリアに寄るのも楽しく、徹夜明けにも関わらず
30分の仮眠だけで、お昼頃瀧原宮に到着した。
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2009年9月に初めて伊勢を訪れた時も、早朝、瀧原宮でのお参りがスタート
だった。ここは、第11代垂仁天皇の皇女 倭姫命(やまとひめのみこと)が、
天照大神(あまてらすおおみかみ)を伊勢にお祀りする前に立ち寄られ、宮
を建てられた地。元伊勢のひとつである。
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参道を歩く。空を見上げ、深呼吸する。
静かで、なんと心地よいことか。
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この宮の御手洗場(みたらし:手を洗い口をすすぐ所)は、谷川の清流を
そのままに、古と変わらぬ風景がある。
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宮は伊勢神宮に準じた神明造。中央のご本殿は丁度、屋根の葺き替え工事を
している所だったが、作業をする人影もなく、心静かにお参りし、旅の始ま
りに安全を祈願した。
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さて、これから国道42号線を南下し、熊野・和歌山へ。
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瀧原宮のある度会郡には「阿曽(あそ)」という地名があった。信号待ちし
ていて見つけ、シャッターを切る。
2007年の夏に、熊本空港からレンタカーを借りて、阿蘇・幣立神宮・高天原
・天磐戸にひとり旅したことを思い出しながら、熊野に向かった。
そう、2007年の阿蘇が、私の祈りの旅の最初だったのだ。

仲村映美
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by kyowado | 2011-09-11 09:11 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(0)

旅の話

8月21日(日)に福島から帰京し、翌22日(月)には、マリンバ・SINSKEクンの
Birthday Liveに出掛け、帰宅してから急ぎの仕事を片付け、荷造り。そのまま寝る
間もなく、23日(火)早朝から、ひとり旅に出ることにした。

昨年6月からこの夏まで、なんでこんなに繋がっていくのだろう?と不思議に思いな
がらも駆け抜け、感謝しきれないほど充実していた響和堂の活動。これも一段落し、
新しい次の展開を始めようとしているところで、今一度、自分の志をしっかりと立て
ようと思ったこと。

オフィシャルでもプライベートでも大きな転機を迎えて、不安や寂しさをどう消化し
ていったらいいかわからず、とりあえずどこかに旅に出掛けようと思ったこと。

2007年夏、初めて訪れた熊野にもう一度行き、熊野三山や前回行けなかったところ、
奈良の玉置神社まで足を延ばして廻ってみたかったこと。
熊野三山とは、和歌山県の田辺にある熊野本宮大社、新宮にある熊野速玉大社、そし
て那智勝浦の那智熊野大社。玉置神社は奈良県十津川村にあり、くしくも今回台風で
甚大な被害を受けることになる地を訪れることになるとは思いもよらなかったが・・・。
そして、熊野を撮り続けている著名なカメラマン・鈴木理策さんから話を聞いていた
丹倉(あかくら)神社や神倉神社、花の窟神社などの巨石をご神体として祀ってある
神社を巡ってみたいと思っていた。

この世界遺産「熊野古道伊勢路」を2泊3日で巡った後に、25日(木)18時までに
故郷・広島に到着し、版画家・君嶋龍輝氏のギャラリーを訪ねることにする。
先般私が書き上げた「いつくしま物語」を、朗読音楽劇として来年3月3日に初演する
にあたって挿絵を制作してくださることになった君嶋先生に、直接原稿を渡してご挨拶
をしておきたかった。
そして、その翌日には厳島神社にお参りして、「いつくしま物語」の成功祈願を。

28日(日)には広島から三重県津市に。「自分の家だと思って、いつでも帰って
きいや。」と言ってくれる大好きな津のお母さんに会いに行く。そう、二人で酔っ払っ
て、伝説の裸踊りをした家だ。
そして翌日、伊勢神宮の外宮・内宮・猿田彦神社にお参りして、東京に戻るという一週間
の旅程。

なにも、パワースポットめぐりがしたかったというわけではないが、震災後、神に祈ると
いう行為を集中して行いたいという気持ちもあった。亡くなられた方への鎮魂、そして
これから先も、日本各地で、世界各国で、至る所で発生するであろう大きな苦難に立ち
向かう勇気とご加護を頂けるように、私なりの巡礼をしようと思った。

高速料金やガソリン代を考えるとクルマの一人旅はかなり経費がかかるが、これだけ
あちこち廻るなら、クルマで行くしかない。往復2000km以上になるであろうが、
もともと長時間の運転も全く苦にならないクルマ好き。ましてや、知人が快く貸して
くれたフォルクスワーゲンの限定車「R32」での旅に、意気揚々とスタートする。

これから、写真とともに旅日記をアップしていこう。

仲村 映美
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by kyowado | 2011-09-10 09:10 | 熊野〜厳島〜伊勢 | Trackback | Comments(0)

福島に住む同級生Kクンの誘いで、8月20日に福島・須賀川の花火大会に行った
時のブログ・花火写真は、先般アップしました。
その日、某大手広告代理店に勤務する同級生Nクンも東京からボランティアスタッ
フとして須賀川に入っていましたので、花火大会の後は、プチ同窓会に他の友人
も加わって温泉旅館の一部屋に8人、酒を酌み交わし、夜更けまで語り合いました。
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翌日はKクンのランサーエボリューションXの助手席で、THE BLUE HEARTS を聴き
ながらドライブ。(スピードメーターが300キロまできってある国産車に初めて
乗ったーーー。あちこちチューンナップして、やんちゃなお兄さんの車になって
るけど、クルマ好きの私としてはゴキゲン!)
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行き先は、Nクンが代表を務める「ふくしまシード」“ ひまわり咲かそうプロ
ジェクト ”のひまわり園!
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震災によるダム決壊により、須賀川市では今年作付けを断念した田んぼが数多く
発生しました。そこで、ひまわりを市花とする神奈川県座間市をはじめ、さまざま
な団体や企業の支援のもと、ボランティアや避難民の方々の協力により、ひまわり
園をつくろうと“ ひまわり咲かそうプロジェクト ”が始まりました。
そうすることで、ひまわりを須賀川市復興のシンボルに・・・!
すべての人がひまわりのように希望に向かって前向きな気持ちになれる、笑顔に
なれるためのプロジェクトです。
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Nクンがこの「ふくしまシード」を立ち上げ、勤務先の先輩・後輩をはじめ仲間
達と活動を行い、忙しい仕事の合間を縫ってしょっちゅう福島に足を運んでいる
と聞いて、友人として大変誇りに思いました。
高校時代の紅顔の美少年もすっかりオジサマになってしまったけど、相変わらず
優しくて、そしてシャープなセンスが光っていて、広告代理店に勤務してからは
コピーライターとしていろいろな賞も受賞し、今やテレビをつけると彼が手掛け
た大手企業のCMがたくさん放映されています。そして、こうしたボランティア
活動を行うことに時間と労力を惜しまず、楽しんでやっている姿に敬服します。
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場所を移動して、棚田のひまわり園へ。上から見ないとわかりにくいのですが、
ここのひまわりはハート型に植えてあるのです。(ホームページには、ラジコン
ヘリからの空撮でハート型がわかる映像があります。)
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なんて笑顔の素敵な男達でしょう。
福島での週末は、夜空を彩る花火と、太陽の光を浴びて大地からすくすくと伸びる
ひまわりの花をみて、心にたくさん花が咲いた素晴らしい休日になりました。
私が協力できることをやっていこうと思います。

☆ふくしまシード
以下、ホームページより。
…………

私たちは、今まで福島県のお米や野菜に育ててもらいました。
だから、こんどは私たちが福島県の農業を育てる番だと思いました。

「ふくしまシード」のシードとは、種のことです。
地震、津波だけでなく、原発による風評に苦しまれている福島県の農業。
その復興のために、私たちは、さまざまなアイデアの種や、
ハートの種をこれから蒔いていこうと思います。

「ふくしまシード」がこれからずっと大切にしたいこと。
そのひとつが、実行することの大切さです。
種を蒔かないと、花も咲きません。
種を蒔かないと、実もつきません。
だから、失敗をおそれず、ひとつひとつ種を蒔いていきます。

もうひとつが、何事にも地域の方々の目線で取り組むこと。
私たちの勝手で物事を進めていっても、それは何の意味もありません。
やるべきことは、農家を始めとする福島県の方々の
心の中にあるはずだからです。

これから長い道のりになるかもしれません。
でも、福島県の方々と一緒に前へ向いていこうと思います。

ふくしまに、あしたの種を。ふくしまシード。

…………

仲村 映美
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by kyowado | 2011-09-09 09:09 | あれこれ…想う | Trackback | Comments(5)

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ウィーンを拠点に世界で活躍するオペラ・ディーヴァ中嶋彰子さん。同じくウィーン
在住でクラシックからジャズ、ミュージカルとジャンルを越えた 演奏活動をする若手
ピアニスト斉藤雅昭さん。この2人が2011年、邦楽界の新進気鋭二十五絃箏演奏家
中井智弥さんと運命的にウィーンで出会ったことで生まれたトマキ・トリオ。
そのトリオが 2011年9月9日青山Eye ́s Studio B1A ( Eye ́s Cafe内)にて、日本初
イベント開催!
様式にとらわれず、時に繊細で時に情熱的な音楽。歌・ピアノ・箏という組み合わせ
の全く新しい音楽表現に、ご期待ください!

・・・ということで、今、一番オススメのライブ!ご一緒しませんか?
響和堂プロデュースの「和の煌めき」「マスラオ」「 ART HEART EARTH Concert 」
と全てのシリーズに出演してもらっている二十五絃箏・中井智弥クンが新しいユニット
を結成。ワタクシ、久々にワクワクしているユニットです!
このメンバーで2,000円の入場料って、これまたオドロキ。
9月9日重陽の節句という、エネルギーの高い日に、このユニットの日本初イベントに
立ち会うというのは、すごいことだと何だかとっても興奮している私です。
ご希望の方は、info@kyowado.jpに ご連絡くださいませ。

仲村 映美
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by kyowado | 2011-09-01 01:01 | Live | Trackback | Comments(0)