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響和堂Blog 『 湧玉 wakutama 』

瀬戸内の旅~3

浩子です。
鞆の浦、対潮楼からの風景。
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対潮楼とは、真言宗の寺院・福禅寺の本堂に隣接する客殿です。
今年も正月番組で、こちら対潮楼での「春の海」の箏の連弾演奏が中継されていました。
作曲家の宮城道雄が、子供の頃、失明前に過ごした鞆の浦の美しい風景の記憶から
作曲したと言われています。

福禅寺の創建は平安時代とされていますが、対潮楼は江戸時代1690年頃に建立された
もので、国の史跡に指定されています。
朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、この素晴らしい眺めを朝鮮通信使の従事官
が賞賛し、「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」と称えたそうです。
またその後、正史が瀬戸内海を一望できるこの座敷を「対潮楼」と名付けたのだとか。
朝鮮通信使が見た風景と、今私たちが見る風景は、変わっているでしょうか?

福山市、沼隈半島の先端にある鞆の浦は古くから「潮待ちの港」と呼ばれてきました。
瀬戸内海の海流は満潮時に、東側からと西側からと流れ込み瀬戸内海のほぼ中央に
位置する鞆の浦沖でぶつかり、干潮時には鞆の浦沖を境にして東西に分かれて
流れ出してゆきます。
なので鞆の浦で潮流が変わるのを待たなければならなかったため、この港は古くから
北前船の往来でにぎわい、交易の港として栄えたのだそうです。
当時の港の風景はどんなだったのかなあ…
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また鞆の浦は、たくさんの歴史上の事件、人物とのゆかりも深い地としても知られています。
「足利は鞆に興り、鞆に滅ぶ」というように、室町幕府初代将軍の尊氏は鞆の浦で院宣を
受けて挙兵し、最後の将軍の義昭は鞆幕府を開きましたが滅びました。
幕末に起こった「いろは丸事件」では坂本竜馬も立ち寄っています。
まあ、そんなことはぬきにしても、古い商家、古寺、旧跡も多くあり、街歩きが本当に楽しい♪
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連日海の幸を堪能したあとは、こんなものを食べたくなりました。絶品「オムハヤシ」!
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こちら、田渕屋さんでは、鞆の浦名産の薬用酒・保命酒(ほめいしゅ)の飲み比べが
できるんです。自家製のスモークチーズが美味しく、買って帰ってしまいました。
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さて、ランチのあとは、街をぶらぶら。
平日なので観光客は少なく、街を歩いている人も本当に少ない…
静かなたたずまいの桜… ちょっと撮らせていただきました。。。
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友人の提案で沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)に向かいました。
「沼名前神社は、大綿津見命を主祭神とし、須佐之男命を相殿に祀る。
地元では「祇園さん」と呼ばれており、京都の祇園神社(八坂神社)の本社であり、
平安時代につくられた法令「延喜式」にも記載されている格式の高い神社である。」
のだそうです。
こちらも見晴らしのよい、素晴らしいロケーション。

石鳥居。笠木の形が反り上がって鳥が乗っている形は、鳥衾形鳥居というそうです。
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石段は続きます… ふ~っ しんどい!
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本殿… 
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主祭神 大綿津見の神は海の神様。
昔も今も、鞆の津の海路の安全を見守ってくださっているのでしょう。。。

道々、可愛い猫石が。  次は、今回の旅の「美味しい」編を書きます。
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by kyowado | 2009-04-11 21:51 | あれこれ…想う