2011年 09月 28日
丹倉神社へ(2011.8.23)
参拝を終え、車で約2時間南下して熊野市へ。次なる目的地は丹倉(あかくら)
神社だ。
なんとまぁマニアックな神社めぐりだろうか。
実は昨年の1月頃だったか、木村伊兵衛賞も受賞された著名な写真家・鈴木理策さん
(和歌山県新宮市出身で熊野をテーマに撮り続けていらっしゃる)とお食事した時に、
「伊勢から熊野に向かう旅で、ここは訪れた方がいいっていうオススメの所を
教えてくださ〜い♪」(なんで♪がついているかというと、理策さんは私の好きな
天才・南方熊楠に顔が似ていて、とっても素敵な方なのだ)と訊ねて、教えてくだ
さった神社のひとつが、この丹倉神社だった。
「ここはねー、すごいよ、うん。」と聞いて、よし行こう!と思ったのだが、
ろくに調べもしないで旅に出たものだから、その後こんな大冒険をしてる感覚を
味わうとは思っても見なかった。
だいたい割となんでもきちんと調べて計画して出掛けるタイプなのに、今回の旅は
いつものそれと違って、何故か情報収集する気にもならず、何故か「なんで、今、
旅に出るんだろう?」と自分でもよくわからないまま、旅立つ宣言をしちゃったの
で、ま、なんとかなるさと出掛けてしまった。
理策さんと知り合うきっかけになった宗教人類学者の植島啓司センセイも、著書
『神々の眠る「熊野」を歩く』の中で、この丹倉神社のことを書いていらしたが、
よく読みもしないで出掛けてしまった。
ガイドブックや地図にも載っていないのだから、インターネットで調べてアクセス
を確認すればよかったのに見なかった。
車にナビがついてるしと油断していたら、ナビにも表示されない。
「丹倉(あかくら)神社」の表記はないが「赤倉」という地名があったので、とりあ
えず向かえば、途中で看板でも出てくるだろうと、車を走らせ、林道に入った。
この林道。車1台分の幅である。右は側溝、左は崖。
このカーブが延々と続く。ちょっと待って、対向車が来たらどうすんのよ。
時々、擦れ違えるように道路の幅がふくらませてある所があるにはあったが、
どのくらいで神社にたどり着けるのか見当もつかない中で、狭いカーブ、またカーブ。
お願い!前から車、来ないで!来ないで!と祈りながら走る。
「落石注意」の看板がたくさん立っている。道路には石ころや折れた木の枝が散ら
ばっていて、ここでパンクしたらかなりヤバイぞ、と思った。
携帯電話の電波はもちろん圏外だ。
20キロ近く走ったところで、「多分、もうすぐ神社のような気がする。近くに行って
駐車出来るスペースがないと、引き返すのも一苦労かも?!」と思い、丁度2台位
駐車できそうなスペースを見つけた所で車から降り、歩いて行くことにした。
「熊出没注意」の看板だ。道路には、タイヤに踏みつぶされて蛇の死骸が干からびていた。
マムシだったらどうしよう・・・。
少し歩くと、前から軽自動車が走ってきた。ゆっくりしたスピードだったので、思わず
「すみませーん!」と立ちはだかって車を止め、乗っていた老夫婦に話しかけた。
あまりに緊張状態が続いていたので、このお二人は“イザナミとイザナギに違いない!”
と瞬間的に思った。(笑)
私「丹倉神社って、近くにありますか?」
お爺さん「おぉ、この先2~300m位の所やなぁ。」
私「このちょっと下に車を駐めたんですけど、この先に駐めるところありますか?」
お爺さん「そやなぁ、あのへんは駐めるとこないし、戻るんも方向変えられへん
から、このまま歩いて行ったほうがええなぁ。」
お婆さん「え?ひとりで行くのん?いやー、こわいわー。あそこ石段降りるんやけど
暗いから、わたしらでも降りたことないわー。」
お爺さん「うん、マムシが出る言うとったなぁ。気いつけやー。」
私「あ、ありがとうございます・・・」
ここまで来て戻るわけにもいかん。でも、マムシに咬まれたら、携帯電話通じない
から誰も私のことに気がつかないまま、血清を打たれずに死んでいくんだな。
私が今日、丹倉神社に行くことなんか誰も知らないし、広島に到着しないことを不審
に思った母や姉が捜索願を出すのは3日後だな・・・。
そんなことを思いながら歩いていると、小さな鳥居と下りの石段があった。
丹倉神社だ。
写真で見るより、実際はもっと暗かった。
マムシが出たら…とか、この石段を踏み外して骨折でもしたら…とネガティブな
ことばかり浮かんでくるのに、何故か身体は強力な磁場に吸い寄せられるように
ずんずんと石段を下りていった。
神社とはいえ社殿はなく、ご神体は奥にある巨岩である。
まさしく古来からの熊野の自然崇拝の姿であり、強い霊力をもった磐座にただならぬ
気配を感じた。かつてお参りの際には、村から神社までの道のりにある「潮掛場」と
呼ばれる水垢離の場で必ず身を清めたそうである。
やはりそこは「特別な聖地」であった。
あれだけ、マムシだの骨折だの不安に思っていたのに、確かこの先に「大丹倉
(おおにぐら)」という修験道が行をしたという断崖絶壁があるはずだ。」と
もっと先に進んでみることにした。
どのくらいの距離があるのか調べてもいないのに、車で行ったほうがよかったの
かもしれないのに、とにかく歩いた。
40~50分歩いて、時計を見ると15時30分。車まで引き返して16時30分。このまま
歩き続きてかなり時間がかかった場合、夕方暗くなってあのカーブをまた20キロ
運転するのはよろしくない。ここは、大丹倉はあきらめて引き返した方が賢明だ。
ひとりでよく頑張った、もう、いいだろう。
納得して駐車していたところまで戻り、ホッとして車に乗り込んだ。さぁ、今日は
ここまで。今日の宿へ行こう。
再びカーブ、カーブ、カーブを、対向車が来ませんようにと祈りながら進んで
いくと、二股になっていたところで道を間違えた。
あれ?なんか違うぞ、と思って道幅の広くなっている場所でUターンしようと
したところ、あっ!大丹倉の撮影スポットがあった。
この絶壁が大丹倉である。おいおい、私はここに行こうとしていたのか。
下から見るだけで十分だ。(笑)とりあえず、写真が撮れて一応の達成感も
得られたのであった。
岩肌が赤く見えるのは、岩に含まれる鉄分が風化によって酸化したためである。
「丹」という字は「赤い色」という意味があり、「倉」という字は断崖絶壁の
山を表す。ここからこの名が付いたといわれている。
後で調べたら、大丹倉の標高488mの頂上の絶景ポイントまで、徒歩5分の
ところに駐車場があるのだそうだ。丹倉神社への道のりも前情報があれば
それほど怖いものではなかったかもしれない。
しかしながら、まったく予測がつかない状況で、身の危険すら感じ、ネガティ
ブな発想ばかりするような時間が2時間以上も続く体験をいうのを、これまで
したことがあっただろうか。
私は、あまり怖いものがないと思っていた。
神様に守られているから、何が起こっても大丈夫と思っていた。
それが、神社に行くのに、対向車がきたら…パンクしたら…熊が出たら…
マムシが出たら…骨折したら…と、ずっと悪いイメージばかりをしていた。
ものすごく怖かったわけではないし、それならこんな旅はしていないだろう
からやはり強いのだろう。しかし、こんなに緊張してネガティブになって
いる自分を、私は久しぶりに見つけた。
旅に出て初めて、今回の旅の意味がわかってきた。
仲村 映美
(※旅日記の更新がえらく遅れてしまいました。(^_^;))